~観ちゃったから語っちゃったとは~
お金を払って観た映画やエンタメなど、観たものの中で語りたいなあと思ったものがちゃった・ちゃったで出てきます。
基本的に流行に乗って何かするタイプではないので、更新はあまりしない予定。
※ネタバレ全開のつもりなので注意

原作:Peter Heller
監督:Ridley Scott
脚本:Mark L. Smith
主演:Jacob Elordi
あらすじ:謎のパンデミックにより人口の大半が失われ、生き残った者たちが奪い合いを繰り広げる荒廃した世界。パイロットのヒッグは、元軍人のバングリーと共同戦線を張ることで日々を生き延びていた。心の拠り所は、愛犬ジャスパーの存在と亡き妻の記憶だけ。そんなある日、彼のもとに無線を通じて謎の声が届く。世界の終わりになお希望が残されているかもしれないと考えたヒッグは、その声に導かれるように、未知の空へと飛び立つ決意を固める。だがその先に広がっていたのは、凶暴な動物や容赦ない襲撃者がはびこる、殺すか殺されるかの過酷な現実だった。
終末ものの観方
リドリー・スコットの終末ものを観ました。終末もの、ポスト・アポカリプスとも言いますが、ここ20年くらいでかなり定着したイメージです。思いつくのだと映画で『ザ・ウォーカー』ですね(これは西部開拓史のオマージュ的なものでした)。あとは『少女終末旅行』ですけど、ちょうど前日談が連載開始されてました(階層都市断片集)。
他にも色々あると思いますが、基本的に終末ものって失ったものの残骸に目を向けてノスタルジックになったり、サバイバルとしての人間の本能に着目したりといった内容が多いと思います。ただ今回の映画はどっちにも寄り切らず、一言でいうと文明論としての論調を強く感じました。終末ものではありますが、主人公とその取り巻き以外のキャラクターがしっかり出てきます。文明以前の、人間未満の略奪者集団が出てくるし、文明があったかと思えば過去の文明に固執するいかれた集団だったりする。
結論としては、人間の数や器ではなく、人の営み、そこから始まる共感や、二人の男女から始まるのが文明ということ。だからこれは終わりを生きるのではなく、文明が始まる話だなと思いました。
なんて、思ったことをつらつら書いてみましたがこれは正解でも何でもありません。最近の邦画やアニメと違って、むしろどんな観方をしてもいいのがリドリー・スコットあたりが作るハリウッド作品の良さ、懐の深さだと思うので、気になった人は是非観て考えるのがいいと思います。
勿論演出も良かった。略奪者との戦闘シーンは同監督作品の『ブラックホーク・ダウン』を彷彿とさせるし、飛行機の飛行シーンも鮮やかでした。ちゃんとリドリー・スコットらしさもあるのが良きです。内容自体はどちらかというと『悪の法則』寄りの作品ではあります。
押井守は垂涎もの?
冒頭の長い時間、主人公が拠点にしている山間の小屋から、町の方まで小型のプロペラ飛行機でおりて探索する、犬が随伴しながら…というシーンがあり、ここはかなりのオタク向けのにおいというか、妄想の具現化という意味合いが強く出たなと思いましたが、一番最初に思い出したのは押井守のこと。確か押井守は『fallout4』が大好きで数千時間単位でプレイしている筋金入りのオタク、しかもゲーム情報サイトのAUTOMATONで連載までしており、そんな中別のインタビュー記事でfallout4に出てくる犬(ドッグミートというみたいです)が大好き、なぜならどんな極悪人としてプレイしても必ずついてきてくれるから、と言っていました。
その話、最初はほーんと思う程度でしたが、本作を観たら滅茶苦茶共感できる。なんというか人って良心、動物ではなく人間としての心と、サバイバルの精神状態をうまく両立できないんですよね。だけど犬は両立しているように見える、だからずっとそばにいて欲しいと思うし、実際どんな時も一緒に行動していた、ただ最後は洋題の通りでしたが。
そんなオチは別としても、終末もののディテールとしては十分すぎるほど描かれているので、リドリー・スコットのファンというのを抜きにしても押井守はこの作品好きだろうなと思った次第です。

